15年目の3月11日

毎年この日は、災害に向き合う日である。

15年という月日が経つと、日常の中で震災を思い出す機会は地震が起きた時だけになってしまう。

しかし、災害の危険は常に身近にあるということは忘れてはならない。


昨日、YouTubeのおすすめに上記の動画が表示される。

BGMもナレーションもなく、ただ淡々とあの日捉えられた映像が流れるだけの内容である。

それだけなのだが、なんとなく最後まで見てしまい、自分の中であの日の空気感が蘇ってくる。


あの日、自分は仕事の最中で、古いビルの7階という比較的高い場所にいた。

尋常ではない揺れに、かなり狼狽したことを覚えている。

職場と家が近かったこともあり、その日は半休を取って歩いて家まで帰った。

家には本棚がないので、積み上げていただけの本が部屋中に散乱していた。

それらを積み直して片付け終えた頃、隣に住んでいたお婆さんの部屋の片付けを手伝った。

ひと段落したところで会社の様子が心配になり、夜、再び会社へと戻った。

会社では、電車が止まって帰宅困難となった同僚たち(ほぼ全員)が、社内で一泊する覚悟を決めているところだった。

そのうちの何人かは徒歩での帰宅を決め、自分は彼らに付き添って家路を急いだ。

その時、自分もまた、歩道を埋め尽くす行列の一員となっていた。

上記動画の中で、帰宅困難者が列をなして歩いている光景を見て、当時の記憶が強く呼び起こされる。


あの時の「行進」の空気は独特だった。

誰もパニックを起こさず、文句も言わず、ただ黙々と歩いている。

それが日本人の強さなんだな、と今ではわかる。


また、この日は「どんなことがあっても、自分の足元の生活を可能な限り粛々と生きる」という決意を思い出す日でもある。

自分の足元からしか、世界は変わらない。

そのことは、常に肝に銘じたい。