年末年始を振り返る

元旦の朝、体の倦怠感とか違和感はないのだが、鼻水がとめどなく溢れてくる。

「これは風邪だ」とほぼ確信し、体温を測ると果たして37.8度を叩き出す。

風邪と確信できたのは、年末に福島に寄ってから実家に向かう電車の車内で、窓側の隣の席に座っていた女が鼻水を啜りながら頻繁にくしゃみをしていたためである。

しかもマスクをしていない。

一応くしゃみをする際は服の袖に押し付けてしていたし、自分はマスクをしていたのだが、「これはまずい・・・」と思う。

自分の尻はできるだけ女から遠い位置にして、通路側に半ばはみ出す体勢で座っていたのだが、その程度ではダメだったみたいである。

本気でマスクを献上して着けてもらえばよかったし、なんなら嫌味の1つぐらい言ってよかったかもしれない。

かなり後悔している。


発熱が判明して、これはコロナなのかインフルなのか確かめなければと思い、父親に休日診療を行なっている施設に連れていってもらう。

この段階でマスクは2重にしている。

しかし施設に着くと、「どんな種類の風邪かわからないのでとりあえず電話で問診を受けてください」と言われ、入場を断られる。

それで車の中で電話をかけるが一向に繋がらない。

10分ほど、回数にして100回ほど掛け直すが全く繋がる気配がない。

気がつけば、隣の車の運転席の女性もスマホをひたすらタップしており、「ダメだこりゃ」という気分になる。

このあと数時間後に妹が子供たちを連れて実家に帰省する予定で、ここでまごまごしている場合ではない気がしてくる。

この状態で長距離移動するのはどうなんだろうとは思ったが、元旦だし乗客も少ないのではないかというところに賭けて、予定を変えて昼の電車で田舎を発つことにする。

施設の駐車場を離れ、駅に寄り、なんとか帰りの電車の切符を確保し、両親や弟との別れもそこそこに東京向かう。


目論見は見事に外れ、電車は乗客でいっぱいである。

それでも幸いくしゃみとかはなく、ただ鼻水が滝のように流れるだけなので、トイレに行くふりをして鼻に差し込んだティッシュを差し替えるぐらいでなんとかやり過ごす。

・・・はずであったが、自分のApple Watchや周りのスマホから不快なアラート音が流れる。

石川で地震があり、送電がストップし、緊急停止する旨のアナウンスが流れる。

しかも空調まで止まるそうである。

なんて日だ!!!!!

さらには緊急停止した場所が電波の通りが悪く、おそらくアクセスが集中していたためもあってか、ネットにつがらず、地震の状況が全く掴めない。

そして今、自分は隣の人に話しかけられるような容態ではない。


電車は結局地震が起きてから3時間ほど経って、ようやく駅に停まる。

途中から頭痛が起き、体の倦怠感すら出てくる。

おそらくすんなり到着していたら、家でやり過ごせていたことかもしれないし、そもそも起きなかったことかもしれない。

停まった駅は東京からはだいぶ離れたところで、新幹線でもあと40分ぐらいのところである。

しかし新幹線運転再開の見込みは立っておらず、一応鈍行は動いているとのことで、乗り換えは可能というアナウンスがされる。

ここで当てのない再開を待つぐらいだったら、多少時間がかかっても着実に前に進める方を選ぼうと思い、鈍行に乗り換える決意をする。


鈍行は多少時間がかかるどころではなく、東京まで2時間弱、という工程であった。

しかも乗り換えを決意した乗客は多く、通勤ラッシュほどではないがそこそこ混み合っていて、もちろん席を確保することはできない。

気力を振り絞って立っていたのだが、今度は腰まで痛くなってくる。

座れたのは1時間半過ぎてぐらいのことで、マジな話、座ってから次の瞬間には上野に到着していた。

もはや気を失っていたと言ってもいい。

結局のところ、実家を出てから8時間半かかってようやく部屋にたどり着く。


それからはひたすら風呂に入っては寝てを繰り返し、熱が下がったのは1/3のことである。

その間ネットも見ていないし、ウマ娘の無料10連をなんとか引いた程度である。

なので石川の事態を知ったのは3日を過ぎてからである。

いち早い復旧を願うしかない。